この3連休の後半。
ちょっと長野まで妻を連れ立って小旅行に出かけた。私的には「研修」なのだけど・・・前に書いているように、妻にもしばらく散歩にも付き合っていないので・・・・・・・妻孝行も兼ねている。
何時もながらのお得意の一石二鳥路線ともいえる。
ターゲットは日曜日の正午の予約だけど・・・その前に高速の途中で降りって世界遺産「富岡製糸工場跡」を見学してみようか、と欲をかいた。
日本史でも教わった、絹は徳川時代から日本の重要な輸出品だということは知っていたけど・・・その絹製品の生産性と品質を上げるためにこの工場が100年に渡って苦悩してきたことを学んだのだ。
途中経営主体が3度も代わり、順風と言えたのか???。
つまり成功の物語ではないかもしれない。その生糸を工業製品化するための生みの苦しみの歴史であることを初めて知った。
実際 私の母の生家は結城紬の染め物工場だったけど、今は跡形もない。
現在でも蚕を飼っている農家も居るし、結城紬など機織りも存在している。
ただそれは「特別記念物」化しており、結城紬の着物は一着数百万円するという。
「シルクロード」誰もが知る千年を超える歴史を誇る東西の交易路線。その最後を飾る明治期の絹生産体制は、波乱万丈の世界であったらしい。勿論多くの外貨を稼ぎ出したのは間違いないだろうけど・・・・。
結城や大島、黄八丈など・・・・
「特別天然記念物」的な絹織り物だけが残っているなあ、という実態を再確認したのだ。
だって皆さん絹製品は持っていても、国産品は 持ってないでしょ。
絹織物の日本での現在地は置いておいて、この工場の歴史的価値は行ってみると、確かに素晴らしい。
細かなことは書かないけど。「国宝」とまでなっている明治時代の建屋は、ちょっと前まで「住環境コーディネーター」を名乗っていた私にとっても、耐震性と広く展示するというバランスが取れた設計で「素晴らしい」と驚嘆したのだ。
昨年だったかこれまた国宝の「松本城」を見学して・・・・一般の見学者には見えないように、相当な耐震補強がされていることが目に入ったのだ。
文化財だから現状の改変は基本ご法度なはず、しかし地震の多い日本では、それで倒壊しては「文化庁何してんだ」、と言われるのが当然だから、こうして見えないところで対策してんだと思っていたけど。
ここ富岡工場の展示は、あえて耐震補強も見せて可笑しくないようにデザインの一部として設計されているのが出色だと感心した。
と素人の私がいうのもプロに失礼だけど・・ここに行く人は是非そうした視点で世界遺産を見ていただくと、古の技術者だけでなく現代の技術者とのコラボが感じられる施設だと思う。
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