犬山城天守は絶妙の立地

LIFE

ゴールデンウイークとはいえ、朝の6時だから流れはスムースだ。

ナビによればあと80kmで、1時間半までかからないからSAでゆっくり朝食が摂れた。

実は昨年だったか彦根城を訪ねた後、ついでに犬山城も行っちゃおうか、と行程を検索し、犬山城のHPも見たら

「天守閣待ち時間4時間」と書かれていて「駐車場待ち1時間」と合わせて・・・・くわばらくわばら。

近寄らなくて良かった、と思ったのだ。

そこから想像した「犬山城の攻略法」は「開門前に並ぼう」ということだった。

実際昨年は彦根城の次の日、松本城も訪れていて、この作戦が当たり。

並ばずに入場してお城を満喫して外に出たころには、天守への入場待ちが100m位出来ていた。

犬山城もこの作戦で、8時半開門前の8時10分位に到着したのだけど・・・・・

流石に都会に近い人気のお城、もうすでに100名くらいが並んでいた。

 

犬山城は織田信長の叔父が建てたと言われている。大きな天守ではないけど、木曽川東岸の崖の上に立ち、城としての防御力は勿論だけど、水運や東西南北に広く視野が利く点は織田家の防御の拠点であったと想像される。

信長・秀吉・家康 戦国時代の英雄たちが、このエリアで活躍している。

北は美濃、東は中山道、そして西は米原-京都、そして北国街道につながる交易や軍事上の重要拠点だ。

自分の住む日光地区の古城というか砦があった山などに登ってみると、この時代の山城って、単なる戦闘拠点ではなかったんだと理解する。

日光市内には小倉、板橋、倉ケ崎 などの古城跡がある。そして所謂この地方の一大勢力であった日光山からは各城間10km以内の位置関係だ。

小山の上という位置は防御のため、と思いがちだけど。日光市内のこうした砦は、山頂ていってもそれほど広くなく兵士が立てこもっても大した数ではなかったはず。

大きな役割は敵の進軍をいち早く発見すること、そして狼煙による本城への伝達であろう。一番南にある小倉城からは、本城である日光山は見えないが板橋城は見える。そしてそこからは倉ケ崎城が見える。そこからは日光山は間近だ。きっと15分ぐらいで20km先のことが伝わったんじゃないかな。

だから犬山城の立地と眺望の良さに「さすが尾張の織田家」と感心したのだ。

なんて感心しながら天守を降りると、もうすでに入場待ちの列が300名ほど出来ており、朝一番でよかった。

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